eriie's room

読んだり、観たり、行ったり、参加したり、会をひらいたり、いろいろの記録。

<読書記録>ひとりでカラカサさしてゆく

先日、久しぶりに小説が読みたいなと思った。
Amazonを開き、大好きな江國さんの小説の中から、
読んでない本をみつけて購入。

 

ひとりでカラカサさしてゆく
江國香織

 

届いて帯をみたら、本屋で手にとっていたら
買わなかっただろうあらすじが書いてあった。

「80過ぎの男女3人が年末に一緒に命をたつ。残された人たちの日常を通して浮かび上がるのはー。」(要約)

自死の話は読みたいとは思わなかったが、
登場人物が高齢であることに興味を持った。
80歳になったとき、
自分はどんな風に世界を感じているんだろう?

そのヒントが得られたらと思い読み始めたのだが、
結局、それは得られなかった。

わかったことは、
人はその人がつくる世界を生きるから、
年を取ればとるほどその人らしくなる。
私がどんな風に年をとるかは年をとった私自身にしかわからない、っていうことが、わかったのだった

この作品には
たくさんの人物が登場する。
それぞれの日常、思考、感情があり、
それぞれの視点でそれぞれがつくるそれぞれの世界が描かれる。

その人はそう思い、そのように行動した。
それが淡々と描かれている。

江國さんの他の小説にも、覚えきれないくらいたくさんの人が
出てくる作品があるのだが、
そのときにも同じようなことを思ったのを読みながら思い出した。

<旅の記録>日の出温泉in鹿児島


霧島の山の中にある日の出温泉 

通称「きのこの里」

 

ここを訪れる前日の夜、

きのこの山派かタケノコの里派かで争った私と友人。

二人で看板を発見して、

「きのこの里って!ミックスしてる〜笑」

と、ひと盛り上がりして中へ。

 

こういうどうでもいいことを

おぼえてるんだよね〜。

そして、こういう細部に幸せが宿っている。

 

日の出温泉 きのこの里

 

 

 

霧島神宮からの帰りに寄りました。

みごとな山々。

 

 

 

300円って!安すぎ。

 

 

 

 

 

 

 

脱衣所もお風呂もこじんまりしていて、

混んでたので、

なんとなく譲り合いながら入る。

お湯はあつめ。

 

外に水風呂とベンチがあってね

水風呂にざぶんと入ってから

ベンチで外気浴。

 

 

瞑想してめをあけると

この眺望。

ふわーっと自然のなかに溶けていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

<鑑賞記録>映画「ストーリーオブマイライフ わたしの若草物語」

「ストーリーオブマイライフ わたしの若草物語」を観てきました。

https://www.storyofmylife.jp/

 

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以下、感想などなど。(内容に触れてますので、鑑賞前の方はご注意くださいね)

 

 

4連休の2日目。

周囲の友達がひとりならず絶賛していたので、これは観に行かねばと思っていた。

久しぶりに映画館で映画がみたかった、という理由もある。

 

しょっちゅうじゃなくてもいいけど、半年に1回ぐらい、映画館に行きたくなるのだ。

大きなスクリーンでみる映像、臨場感のある音楽。

普段のことはいったん置いておいて映画のストーリーにどっぷり浸かる。

 

 

今日もストーリーに浸りながら、

ああ、肉体を持ってこの世にいることのすべてがここにあるなあ、と感じていた。

 

きゃあきゃあ言いながら、4姉妹が走り回るシーン。

4人からあふれ出るエネルギーの流れがみえる。

突風が駆け抜けていくようだ。

 

生きてる!わたし生きてる!っていう、つぶつぶたち。

そのつぶつぶが、空間を埋め尽くす。

 

 

中盤は4姉妹のそれぞれの物語が進む。

どの人物に思い入れることもなくただ受け取り、ただ感じて観ていたけど、

べスがピアノを弾くシーンと、ジョーが書きまくるシーンで、思いっきり泣いてしまった。

 

悲しいシーンをみたのか、っていうぐらい、おいおい泣けてきて不思議だった。

その人がその人を発揮しているシーンって、深く心が揺さぶられるんだと思う。

 

 

印象に残ったシーン2つ。

 

ひとつは、ジョーとローリーの関係が二転三転するところ。

迷うジョーへのお母さんのアドバイスがすごくいい。愛されたい、というジョーに、それは愛ではない、ってちゃんと告げるの。

ジョーとローリーの間にはたしかに愛はあるんだけど、それは世間でいうところの男女の愛とはちょっとちがう。友達よりも近くて、兄弟でもない、一般的な型にははめられないとても個人的な愛だ。

あの形式で家族になれて、本当によかったね、って思った。

フレデリックに対しても、きっと既存の型にははめられない愛のかたちを貫いているだろう。ジョーならきっと。

 

もうひとつは、売れるためにストーリーを変えろ、と迫られているシーン。

あらためて自分がみてきた物語を振り返ってみると、売れるためにつくられたストーリーの型にはまったものってたくさんある。

無意識にそれがいいと思いこんできた型も思い当たる。それが型だった、ってわかるのに時間がかかってしまった。

これから私たちは、次の世代に本当のことを伝えていかないといけないね。

 

なにか「型」を採用するときには、本当に自分に合っているものなのか?疑ってみてからでも遅くないよと。

 

 

それ以外にもいろいろいろいろあるんだけれど、ここには書ききれない。

ぜひみて!そして話しましょう。

 

語られるためにあるような映画でした。

 

 

 

 

 

 

<読書記録&映画鑑賞記録>蜜蜂と遠雷

蜜蜂と遠雷

1週間かけて、小説を読み、
その週末に映画をみてきました。

 

小説は視覚に、
映画は聴覚に、影響大。

 

小説の「蜜蜂と遠雷」は、
新しい音楽の世界を、読んでる間、味わう体験。

 

その描写力にひっぱられ、絵がたくさん頭の中に浮かんでくる。この本を読んでる間だけは、妄想のなかで画家になる。

 

 

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映画の「蜜蜂と遠雷」は、
登場人物の実際の視点から物語をみて、聞こえてくる音の幅が広がる体験。

 

さっきみたばかりの今は、耳が日常の音をたくさん拾ってしまっている。キーンという電子的な音の奥に、皿を片付ける音、誰かの足音、遠くの車の音。
きっと徐々にまた聞こえなくなるだろう。無意識にシャットアウトするから。

 

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読書にせよ映画鑑賞にせよ、どちらも他の作品では得られない新しい体験でした。

<旅の記録>デンマークスタディツアー

2019年8月後半にデンマークを訪問しました。

教育施設を訪問し、いろんなお話を伺うスタディツアーに参加したレポートです。

 

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<鑑賞記録>映画『人間失格 太宰治と3人の女たち』

内容にふれてますので映画観る予定の人は、観てからどうぞ。

 

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太宰治の人生は、

人間失格を書くためのものだった

 


神様は、そのために彼にいろいろなものを与えた

 


才能、女、富、名声、病気でさえ

 


書けない苦悩は、

パワーを出しきれない苦悩

 


自分の魂が望むものを

叶えてあげられない苦悩

 

 

 

太宰に振り回されているようにみえる3人の女たちも

 


太宰を自分の脇役にして

自分の人生を生きた

 


まっとうした。

そういう物語だ。

 


*

* 

 


人は、本来のその人自身であれないとき

自分を見失う

 

 

 

太宰はずっと見失ってばかりで、

 


唯一、書いている瞬間だけが

自分の本来の生き方そのものだった

 

 

 

 


そして書き終わったあとは

また、自分を見失う。

 

 

 

*

*

 


人間失格を書き終えたあと、彼がまだ生きていたとしたら

 


どんな人生を生きたんだろう?

 


やはり、また、恥の多い人生を送り続けたのだろうか。

 

 

 

 


わたしが想像するに、血の気が失せて、肉欲はほどほどに、純粋な愛の深い人生になったように思う。

 

 

 

太宰治は、深い深い愛の人だ。

 

 

 

あれをみて、そう思う女性は少ないのかもしれないけれど、

 

 

 

わたしは、太宰の愛の深さに、その孤独に、その絶望感に、共感せざるを得なかった。

 

 

 

みちこを愛しているのも本当だし、

静子を好きだったのも本当だし、

富江をかわいいと思う気持ちも、

 


全部全部ほんとうだった。

 

 

 

その愛し方を理解できない人には

うまく現実をやり過ごすために

思ってもいない戯言を口にしたり

嘘をついたりした。

 

 

 

 


愛のエネルギーはすべて創作に注いだけど

注ぎ込んでも注ぎ込んでも

なかなか満たされなかった

 

 


それはやっぱり

太宰が自分を愛していなかったから。

 


人間失格を書き終えて、

彼は自分を許せただろうか?

 


恥の多い人生を、心の底から認められただろうか?

 


*

*

 


肉体を持つということは

不自由なことだ

 


思い通りにはなかなかならない。

時間がかかる。

 

 

 

でも、肉体があるからこそ

人と触れ合える

 


肉と肉に溺れる今世の楽しみは、甘美だ。

 


肉体があって、分離しているからこそ

1つになる喜びがある

 


その瞬間、意識と体がひとつになって、

天に溶けていく。陶酔。

 


その感覚はすぐに消えてしまうから

それを果てしなく追いかけたくなる。

 


3人の女たちは、その欲求をそれぞれのやり方で叶える。

 


どれが自分の好みか、

それとも、どれも違うのか。

 


あなたのお好みはどれですか?

 

 

 

 


 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<鑑賞記録>バレエ/ロミオとジュリエット_ROHライブビューイング

ライブビューイングにて、ロンドン新国立オペラハウスのバレエを観てきました。

 

 

ライブビューイングというのは、実際に上演された舞台を映画館で観られるというもの。開園前の舞台の様子から映されていて、休憩時間も劇場の様子が映っているので、実際に劇場に足を運んでみているような気分になります。

 

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ライブビューイングで特筆すべきは、解説と出演者へのインタビューがついていること。それがあることで、より楽しめる構成になっています。

 

tohotowa.co.jp

 

 

きっかけは、ディカプリオ主演の映画版ロミジュリをみたこと。
Twitterで感想をツイートしたら、友人がバレエもあるよと教えてくれたのでした。

 

映画のロミジュリは、とにかく青春…!って感じで、若い2人の惹かれ合う様に美しさを感じました。

 

でもストーリーは悲劇。最後は悲しみしかない。
それなのに、こんなにも人々に愛され語り継がれているのはなぜ?
ロミジュリが古典たる理由はなにか?

 

そういう問いを立てました。

 

 

 

 

バレエのロミオとジュリエットは、言葉のないお芝居でした。 

 

広く知られている物語だからこそ、バレエという言葉のない表現になったとき、それぞれの感情だけがダイレクトに伝わってくる。

 

以下、当日の感想メモ。

 

最終幕

仮死状態のジュリエット

 

肉体だけでは寂しい

魂のない肉体ってこんな風なんだ

 

魂と肉体がセットじゃなければ人間じゃない

 


カーテンコールで主役2人が出てきたとき、

天国での魂の再会シーンのようにみえて

切なかった

 

美しい笑顔だったけど

やっぱり生きてるうちに会いたい

 


人は愛と喜びを感じるために生きている。

魂だけじゃ、喜びは感じられない

 

 

 

 

 

『情熱をもって生きろ、肉体が死に至るまで。

その魂があるかぎり、愛と喜びを感じつくせ。

それを阻害する、ありとあらゆるものから自由になれ。』

 

遥かかなたから届いた、シェイクスピアからのメッセージ。

語り継がれている理由は、ここに人が共感するからなんだと思った。

 

 

 

 

ロミオとジュリエットを通して、古典について考えた。

 

みんなが知っている物語の枠組みに乗せて、その時代のエンターテイナーたちが届けたいものを届ける。みんなが知っているお話なのに、いろんな表現方法がある、っていうおもしろみ。みんなに知られている物語だからこそ、観客への説明はほどほどでよくて、いろいろチャレンジできる。観ている側も物語をがんばって追う必要がないので、ゆったり鑑賞できる。同じ物語の、その時々の解釈の違いや、表現方法の変化を感じるのはとても楽しい。

 

一方で、表現を受け取る私たちの肉体は、500年前とほぼ変わらないだろうし、感情の起こる仕組みもきっと変わっていない。だからこそ、シェイクスピアからのメッセージは、どんな表現方法であっても、ダイレクトに私たちに届く。

 

 

時代を超えても語り継がれている物語には、きっと普遍的なメッセージがあるんじゃないかな・・・?

 

ロミジュリが単なる悲劇じゃなかった、とわかったのは大きな収穫だった。びっくりするほど前向きなメッセージだった。

 

そんなわけで、これからは、古典を積極的に鑑賞しよう、と心に決めたのでした。

 

バレエはプレミアスクリーンで、

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待合室がこんなに素敵なので、

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アー写風にとりたくなった。満足w


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