eriie's room

読んだり、観たり、行ったり、参加したり、会をひらいたり、いろいろの記録。

<読書記録&映画鑑賞記録>蜜蜂と遠雷

蜜蜂と遠雷

1週間かけて、小説を読み、
その週末に映画をみてきました。

 

小説は視覚に、
映画は聴覚に、影響大。

 

小説の「蜜蜂と遠雷」は、
新しい音楽の世界を、読んでる間、味わう体験。

 

その描写力にひっぱられ、絵がたくさん頭の中に浮かんでくる。この本を読んでる間だけは、妄想のなかで画家になる。

 

 

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映画の「蜜蜂と遠雷」は、
登場人物の実際の視点から物語をみて、聞こえてくる音の幅が広がる体験。

 

さっきみたばかりの今は、耳が日常の音をたくさん拾ってしまっている。キーンという電子的な音の奥に、皿を片付ける音、誰かの足音、遠くの車の音。
きっと徐々にまた聞こえなくなるだろう。無意識にシャットアウトするから。

 

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読書にせよ映画鑑賞にせよ、どちらも他の作品では得られない新しい体験でした。

<旅の記録>デンマークスタディツアー

2019年8月後半にデンマークを訪問しました。

教育施設を訪問し、いろんなお話を伺うスタディツアーに参加したレポートです。

 

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<鑑賞記録>映画『人間失格 太宰治と3人の女たち』

内容にふれてますので映画観る予定の人は、観てからどうぞ。

 

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太宰治の人生は、

人間失格を書くためのものだった

 


神様は、そのために彼にいろいろなものを与えた

 


才能、女、富、名声、病気でさえ

 


書けない苦悩は、

パワーを出しきれない苦悩

 


自分の魂が望むものを

叶えてあげられない苦悩

 

 

 

太宰に振り回されているようにみえる3人の女たちも

 


太宰を自分の脇役にして

自分の人生を生きた

 


まっとうした。

そういう物語だ。

 


* 

 


人は、本来のその人自身であれないとき

自分を見失う

 

 

 

太宰はずっと見失ってばかりで、

 


唯一、書いている瞬間だけが

自分の本来の生き方そのものだった

 

 

 

 


そして書き終わったあとは

また、自分を見失う。

 

 

 

 


人間失格を書き終えたあと、彼がまだ生きていたとしたら

 


どんな人生を生きたんだろう?

 


やはり、また、恥の多い人生を送り続けたのだろうか。

 

 

 

 


わたしが想像するに、血の気が失せて、肉欲はほどほどに、純粋な愛の深い人生になったように思う。

 

 

 

太宰治は、深い深い愛の人だ。

 

 

 

あれをみて、そう思う女性は少ないのかもしれないけれど、

 

 

 

わたしは、太宰の愛の深さに、その孤独に、その絶望感に、共感せざるを得なかった。

 

 

 

みちこを愛しているのも本当だし、

静子を好きだったのも本当だし、

富江をかわいいと思う気持ちも、

 


全部全部ほんとうだった。

 

 

 

その愛し方を理解できない人には

うまく現実をやり過ごすために

思ってもいない戯言を口にしたり

嘘をついたりした。

 

 

 

 


愛のエネルギーはすべて創作に注いだけど

注ぎ込んでも注ぎ込んでも

なかなか満たされなかった

 

 


それはやっぱり

太宰が自分を愛していなかったから。

 


人間失格を書き終えて、

彼は自分を許せただろうか?

 


恥の多い人生を、心の底から認められただろうか?

 


 


肉体を持つということは

不自由なことだ

 


思い通りにはなかなかならない。

時間がかかる。

 

 

 

でも、肉体があるからこそ

人と触れ合える

 


肉と肉に溺れる今世の楽しみは、甘美だ。

 


肉体があって、分離しているからこそ

1つになる喜びがある

 


その瞬間、意識と体がひとつになって、

天に溶けていく。陶酔。

 


その感覚はすぐに消えてしまうから

それを果てしなく追いかけたくなる。

 


3人の女たちは、その欲求をそれぞれのやり方で叶える。

 


どれが自分の好みか、

それとも、どれも違うのか。

 


あなたのお好みはどれですか?

 

 

 

 


 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<鑑賞記録>バレエ/ロミオとジュリエット_ROHライブビューイング

ライブビューイングにて、ロンドン新国立オペラハウスのバレエを観てきました。

 

 

ライブビューイングというのは、実際に上演された舞台を映画館で観られるというもの。開園前の舞台の様子から映されていて、休憩時間も劇場の様子が映っているので、実際に劇場に足を運んでみているような気分になります。

 

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ライブビューイングで特筆すべきは、解説と出演者へのインタビューがついていること。それがあることで、より楽しめる構成になっています。

 

tohotowa.co.jp

 

 

きっかけは、ディカプリオ主演の映画版ロミジュリをみたこと。
Twitterで感想をツイートしたら、友人がバレエもあるよと教えてくれたのでした。

 

映画のロミジュリは、とにかく青春…!って感じで、若い2人の惹かれ合う様に美しさを感じました。

 

でもストーリーは悲劇。最後は悲しみしかない。
それなのに、こんなにも人々に愛され語り継がれているのはなぜ?
ロミジュリが古典たる理由はなにか?

 

そういう問いを立てました。

 

 

 

 

バレエのロミオとジュリエットは、言葉のないお芝居でした。 

 

広く知られている物語だからこそ、バレエという言葉のない表現になったとき、それぞれの感情だけがダイレクトに伝わってくる。

 

以下、当日の感想メモ。

 

最終幕

仮死状態のジュリエット

 

肉体だけでは寂しい

魂のない肉体ってこんな風なんだ

 

魂と肉体がセットじゃなければ人間じゃない

 


カーテンコールで主役2人が出てきたとき、

天国での魂の再会シーンのようにみえて

切なかった

 

美しい笑顔だったけど

やっぱり生きてるうちに会いたい

 


人は愛と喜びを感じるために生きている。

魂だけじゃ、喜びは感じられない

 

 

 

 

 

『情熱をもって生きろ、肉体が死に至るまで。

その魂があるかぎり、愛と喜びを感じつくせ。

それを阻害する、ありとあらゆるものから自由になれ。』

 

遥かかなたから届いた、シェイクスピアからのメッセージ。

語り継がれている理由は、ここに人が共感するからなんだと思った。

 

 

 

 

ロミオとジュリエットを通して、古典について考えた。

 

みんなが知っている物語の枠組みに乗せて、その時代のエンターテイナーたちが届けたいものを届ける。みんなが知っているお話なのに、いろんな表現方法がある、っていうおもしろみ。みんなに知られている物語だからこそ、観客への説明はほどほどでよくて、いろいろチャレンジできる。観ている側も物語をがんばって追う必要がないので、ゆったり鑑賞できる。同じ物語の、その時々の解釈の違いや、表現方法の変化を感じるのはとても楽しい。

 

一方で、表現を受け取る私たちの肉体は、500年前とほぼ変わらないだろうし、感情の起こる仕組みもきっと変わっていない。だからこそ、シェイクスピアからのメッセージは、どんな表現方法であっても、ダイレクトに私たちに届く。

 

 

時代を超えても語り継がれている物語には、きっと普遍的なメッセージがあるんじゃないかな・・・?

 

ロミジュリが単なる悲劇じゃなかった、とわかったのは大きな収穫だった。びっくりするほど前向きなメッセージだった。

 

そんなわけで、これからは、古典を積極的に鑑賞しよう、と心に決めたのでした。

 

バレエはプレミアスクリーンで、

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待合室がこんなに素敵なので、

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アー写風にとりたくなった。満足w


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<鑑賞記録>ミュージカル CHICAGO

ミュージカル/CHICAGOを観てきました。

 

spice.eplus.jp

 

 

3階席の端っこで、オペラグラスでしか表情のみえない席だったけど、
こんなことを味わいました。

 

・動きに表情がある!

・全員がぴたっとそろってるダンス!

・声の迫力、響きにぞくぞくする!

・テンポが良くて飽きない!

・歌い上げるってカタルシス

・生演奏って大迫力!

 

 

 

 

ミュージカル初心者なので、とにかく圧倒されっぱなしで終わっちゃいました。

次回はもうちょっとしっかりストーリーを頭に入れて、

他のミュージカルもいろいろみて目を肥やして、

何年か先のCHICAGO公演を観に行くぞ!!

 

そして、オペラグラス越しでも、米倉さんは美しかった・・・!

 

 

 

 

 

<鑑賞記録>映画『天気の子』

お盆の真っ最中に、天気の子を観てきました。

映画の中もお盆だった。

 

tenkinoko.com

 

公式サイトより あらすじ

「あの光の中に、行ってみたかった」
高1の夏。離島から家出し、東京にやってきた帆高。
しかし生活はすぐに困窮し、孤独な日々の果てにようやく見つけた仕事は、
怪しげなオカルト雑誌のライター業だった。
彼のこれからを示唆するかのように、連日降り続ける雨。
そんな中、雑踏ひしめく都会の片隅で、帆高は一人の少女に出会う。
ある事情を抱え、弟とふたりで明るくたくましく暮らすその少女・陽菜。
彼女には、不思議な能力があった。 

 

(ここから先は、映画の内容にふれてます。内容知りたくない方はスルーして下さい。)

 

 

主人公の男の子・帆高の心境に、ぐいっと引っ張られて

帰りの電車のなかで思わず書いた。

セリフと私の解釈がごちゃまぜのメモ。

 映画全体から聞こえてきたメッセージ。

 

世界がこわれてしまっても、大丈夫。

僕は君と生きる。

 

僕は僕のまま

君は君のまま

 

天気は天の気分

 

ここになにを足すこともなく

引くこともなく

このままでいさせてください

 

どんな世界を選択するかは

僕が決める

 

それがどんなに常識外れであっても

自分の心の声に従うんだ

 

なにが正しくて

なにが間違っているか

 

もう答えなんてない。

 

帆高の強い強い想いは、祈りのよう

強く念じて、現実にする

 

自分としっかりつながっている

透明でまっすぐな思いが

 

とてもとても美しかった。

 

 

帰りに見上げた空模様。

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ずっと晴れてたのに、その日はにわか雨が降った。
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かたわれどきの色。
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<鑑賞記録>ウィーン・モダン クリムト、シーレ 世紀末への道

東京での会期終わりごろに、こちらへ。

今月末から大阪で開催のようです。同じ展示でも会場違ったら、印象が変わりそう。そういう違いも試してみたい。

 

artexhibition.jp

 

同時期に東京都美術館クリムト展も開催されていた。こちらは行きそびれちゃったけど、どうしても行きたくなったら豊田に行けばいいや、と思い見送る。世紀末、クリムト、あたりが熱いみたい。

 

 

お借りしているウィーン・ミュージアムの改修時期ということもあってか、展示数がとっても多い。ちょっぴり駆け足でみる。

 

ちょっと時間が経ってしまっていて、感想はあまり文章にまとまらず。
その日のツイートを張り付けておきます。

 

 

 

 

 

 

 

 

ちょうど梅雨のあけたばかりの日に来館。

美しい初夏の空。

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 国立新美術館は、いつ訪れても建物のたたずまいにぞくぞくする。


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帰宅してみると、グッズを買ったときの袋がとても素敵ってことに気がついたので、早速壁に貼る。袋を貼るのはじめてw

 

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こちらは、今回のではなく、20年以上前の展覧会のときに出会っていた記念のポストカード。

今回また会えてうれしかった。パラス・アテナ。闘う女神さま。

 

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