eriie's room

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<鑑賞記録>アルチンボルド展開催記念トークイベント

こちらのイベントに申込んだら、思いがけず夜の銀座に繰り出すことになってしまいました。

 

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トークイベント】
《銀座 美術夜話会―もっと展覧会を楽しむために 第3話》アルチンボルド展開催記念
アルチンボルドのやっかいな謎―芸術は世界の見方を変える


アルチンボルド展を担当された国立西洋美術館 主任研究員の渡辺晋輔さんから、本展の舞台裏を交えながらアルチンボルドについてレクチャーいただくとともに、ゲストに茂木健一郎さんをお迎えし、アルチンボルドの「謎」と「才覚」に迫ります。

 

 

会場は、ギンザシックス。あまりにキラキラした場所で、なんか落ち着かない、、、と思っていたら、登壇者の渡辺さんもトークの中で「こんないけてる場所で、、ねえ、」っていうシニカル発言あり(笑)

茂木さんの自由な突っ込み具合と知的な中にもブラックユーモアのある渡辺さんのお人柄が相まって、公開ではなかなか聞けない話がたくさん。茂木さんは「今日は神会だ!」と飛び跳ねてました(笑)。

 

下記は、当日の私の走り書きメモから残しておきたいものをピックアップしています。語録風になっていますが、あくまでも話の流れのなかで出てきた言葉なので、これ単体でとらえると意味が変わってきてしまいますのでご注意ください。私の覚書ってことで。

 

アルチンボルドの絵は個が独立している。模倣者たちの絵は、個が全体に奉仕している。質が全然違う(茂木)

・観るものを不安にさせる絵。安定した中世の世界から一変し、ルネサンスヒューマニズムは人としてざわざわしている時期。人間はすごく不安定なものでもある、という認識に立ち始めた時代(茂木)

・(水や大地の絵)ひきつけるものと相反するもの両方あるのがグロテスク(茂木)

・絵に対する冷めた意識のはじまり。絵は、絵空事である、という意識。(渡辺)

・「だまし絵」と言った瞬間に漏れてしまうものがたくさんある(茂木・渡辺)

アルチンボルド若冲っぽい(茂木)

・「みておもしろければよいじゃないか」という論調は、アート鑑賞につきものの発言で、今回もそれはあったが、そういう物の見方から一歩進んで、鑑賞してみるのもいいのではないか。子どもはそれでよいが、大人なら教養をもって想像しながらみてみるのもよいのでは(渡辺)

・この時代の絵は、現代のようにたくさんの人が見たわけではない。ほんの一握りの宮廷人がみていた絵。しかも、観る側の教養水準が高く、閉じた世界。そういう人達がみることを前提に描かれた絵であることを想像してみることが重要(渡辺)

・世界には誤解しかないんじゃないか。常に誤解しかないとわかった上で、世の中をみてみると評価を留保することがたくさん出てくる。評価してる側の価値観も時代とともに変遷する。(茂木)

・キャラクタライズされた人物像とその人全体は違う。(茂木)

・絵画はありとあらゆる総合的な学問の集大成。ダヴィンチは科学や数学に強かったが、それはすべて絵のための知識。圧倒的に絵のうまい人。(茂木)

 

 

 

「みておもしろければそれでいい」というのは、私のまわりでもよくある論議で「みて感じたものがすべてだから、前知識は必要ない。逆に邪魔になる」というようなことを言う人もいる。私自身は、その画家がどんな人でどんな時代にどんな要請で描いた絵なのか、を知っていることは、時代を超えて世界を旅する感覚になるので、そっちの方が好みだ。このイベントの中でもその論旨のトークがあり、渡辺さんが似たようなことを更に知的に表現されていて、ちょっと感動してしまった。渡辺さんの話はもっと聞いていたいな~、と思わせる何かがあって、次回のご担当の企画は個人的にかなり注目です。来年の秋にイタリア方面の企画をやるんだって。イタリア美術史がご専門だそうなので、そういう意味でも楽しみ。

 

そして、茂木さんはテレビでみたままのとっても自由な人だな~、と現に目の前にして、思ったことでした。