eriie's room

「水曜日の読書会」と「聴きカフェ」を主催しています。

<鑑賞記録>『JURIETA』監督ペドロ・アルモドバル

「JURIETAをみてあーだこーだ言う会」に参加。

仲間内の友人達と鑑賞し、ワイン片手にあーだこーだ言ってきました。

『初見の感想を、きちんと言語化しておくの、いい!』っていうのが、この会への感想です。

 

映画を観終わった後に、ふつふつと湧きあがるもの。

それらを、普段はなんとなく一言で「よかったねー」とか「おもしろかったねー」とまとめて終わりがち。友達と観に行って、感想話しつつ違う話になる、っていうのもしょっちゅう。

その後、言語化しようにも、うまくまとまらず時間が過ぎていく、っていうのが普段の映画鑑賞で、ブログで振り返って書くときに苦労するのです。忘れてしまっていて、書けないことも多々ある。

今回は、観終わった後すぐ、取って出しの感想をその場で集中してかたまりの言葉にして出したので、ぎゅぎゅっと冷凍、みたいな感じで、残っている。

 

初見の感想。

 

私が感じたのは、登場人物たちそれぞれの「喪失」の物語でした。

人は人を失う。失った事実は一つでも、どういう物語になるかは人それぞれ。

喪失に打ちひしがれて鬱になることもあれば、それをバネにがんばることもある。

それは、各自がその喪失を自分で納得させるための物語。

どの物語が素晴らしいか、という優劣はない。人は好きな物語をつくる自由がある。

 

 

最初に持った感想はそのままに、6人でいろいろ語り合う中で、映画の輪郭もはっきりしてきます。

 

・アバがプレゼントしてくれた彫刻はショアンだったのでは?

・ロレンツォみたいな人に50を過ぎてから出会えることの希望。残りの人生を共に歩むパートナー。

・なぜ人は、自分に関係ないことまで、自分が悪かった、というつらい物語にするのか?

・アンティアと一緒にショアンが亡くなったことを悼む時間がもっとあったらよかったのに。

・マリアンとショアンはどんな関係だったんだろう?

・フリエタの両親、フリエタ自身の夫婦のあり方、アンティアが息子を失う、似たような事柄が時を超えて起こる。その意味。

・言わないことにした言葉がある。語られなかった物語。でも伝わっている気持ち。

 

DVDを貸してもらったので、家に帰って二回目を観ました。

初見のあと、スペイン語の発音が「ジュリエッタ」ではなく「フリエタ」だと知ったので、ものすごく耳も使いました。(フリエタだとわかったとたん、「フリエタ」がたくさん聞こえてきた・・!)

 

字幕は字数の制限もあるのであんまり出てこないけど、登場人物たちは会話の中でたくさん名前を呼び合っていました。「フリエタ」「ショアン」「イグレシオ」「ロレンゾ」「アバ」「アンティア」「マリアン」「サアナ」「ベア」たくさんのたくさんの名前たち。

 

スペイン語が耳に心地よかった。

実は、スペインにはずっとずっと行きたいと思っていたのです。

この映画に、後押しをしてもらったなあ。

 

来年の夏は、スペインに行くことも、こっそり決めたのでした。